『Tokyo middle 30』最終回で、薫子と義孝は離婚届にサインし、夫婦としての関係を終えました。
ところがラストでは、離婚したはずの二人が再会し、一緒にたい焼きを食べる姿が描かれます。
「結局離婚したの?」「たい焼きを食べていたのは復縁するという意味?」と、少し分かりにくく感じた人もいるのではないでしょうか。
結論からいうと、薫子と義孝は離婚したものの、愛情まで否定したわけではなく、夫婦という関係を終えたことで、ようやく対等な二人として向き合えるようになったと考えます。
さらに原作では、薫子と義孝に対応する二人が「離婚→再婚」という結末を迎えています。
そう考えると、日本版のたい焼きのラストには、二人が今後もう一度関係を作り直す可能性をにおわせる意味もあったのかもしれません。
この記事では、薫子と義孝が離婚したと判断できる理由、第4話にも登場したたい焼きの意味、原作との違いから見えてくるラストの余韻を考察します。
- 薫子と義孝が最終回で本当に離婚したのか
- ラストで二人が食べたたい焼きに込められた意味
- 原作の離婚・再婚と日本版の結末の違い
『Tokyo middle 30』薫子と義孝は結局離婚した?
まず整理しておきたいのは、最終回で二人の離婚がどうなったのかという点です。
第9話から薫子の離婚への意思は固く、最終回でも猫と一緒にマンスリーマンションで暮らし、義孝とは別居を続けていました。
そして二人は改めて話し合い、義孝が離婚届にサインします。
そのため、最終回時点で薫子と義孝は離婚したと考えてよいでしょう。
薫子は最後まで離婚の意思を変えなかった
重要なのは、薫子が一時的な感情で離婚を決めたわけではないことです。
義孝とのすれ違いは、流産後に突然始まったものではありませんでした。
薫子は以前から義孝の顔色をうかがい、自分の希望より相手に合わせることを優先してきました。
猫を飼いたいという気持ちも、妊活に対する気持ちも、自分がどうしたいのかを素直に言えないまま過ごしています。
義孝は薫子を嫌っていたわけではありません。むしろ義孝なりに夫婦関係を続けようとしていました。
しかし薫子が求めていたのは、「猫を飼っていい」「妊活をやめていい」と義孝から許可されることではなかったのでしょう。
自分の人生について、自分の気持ちで決められること。それが薫子にとって大切になっていました。
義孝が離婚届にサインしたことにも意味がある
だからこそ、義孝が最後に離婚届へサインした場面にも意味があります。
それまでの二人は、薫子が本音を飲み込み、義孝はその我慢に気づかないという関係を続けていました。
しかし最後は、薫子が「離婚したい」という自分の意思を伝え、義孝もそれを受け入れます。
離婚届へのサインは夫婦の終わりであると同時に、義孝が薫子自身の選択を尊重した瞬間だったとも考えられます。
その意味では、離婚は二人の関係が完全に壊れた結果というより、それまでの関係のあり方を終わらせるために必要な選択だったのではないでしょうか。
離婚したのに最後にたい焼きを食べた意味は?
離婚したと考えると、気になるのがラストのたい焼きです。
夫婦関係を終えたはずの二人が再会し、たい焼きを分け合う姿は、完全な決別とはかなり違う印象を残します。
実際、放送直後には「離婚したのに、この後どうなるの?」と受け取った視聴者の声もありました。
この場面を理解する鍵になりそうなのが、たい焼きが最終回で初めて登場したものではないことです。
たい焼きは二人が結婚した第4話にも登場していた
第4話で薫子と義孝は婚姻届を提出し、夫婦になります。
そのときにも登場していたのが、たい焼きでした。
つまり、たい焼きは二人にとって何でもない食べ物というより、夫婦として歩き始めた時期と結びついています。
そして最終回では、離婚した二人の前にもう一度たい焼きが登場しました。
結婚の始まりと、結婚を終えた後。その両方に同じ食べ物を置いたことは、単なる偶然として片づけるには少し気になります。
「夫婦の始まり」と「夫婦の終わり」をつないだたい焼き
第4話では、これから夫婦になる二人がたい焼きを食べます。
一方、最終回では、夫婦ではなくなった二人が再びたい焼き屋で再会し、たい焼きをシェアします。
同じ二人、同じたい焼きでも、その関係はまったく同じではありません。
たい焼きは「元に戻った」ことより、二人の関係が別の形へ変わったことを象徴しているように見えます。
結婚しているから一緒にいるのではなく、離婚した後でも相手を大切な人として見ることはできる。
一緒に過ごした時間や愛情まで、離婚届とともになかったことにする必要はありません。
最終回で二人が穏やかにたい焼きをシェアできたのは、むしろ夫婦という関係を終えたからこそだったのではないでしょうか。
薫子と義孝は愛情がなくなったから離婚したわけではない
薫子と義孝の結末を「離婚したから破局」とだけ整理すると、たい焼きのラストが分かりにくくなります。
二人の問題は、どちらかが相手を嫌いになったことではありませんでした。
義孝には義孝なりの愛情があり、薫子にも義孝と過ごした時間への思いがあります。
それでも、夫婦としての二人には大きなすれ違いがありました。
薫子は自分の気持ちを我慢し、義孝はその我慢に気づかない。
一方で、薫子自身にも本音を言葉にしてこなかった部分があります。
だから、この離婚を「義孝が悪かったから薫子が捨てた」とだけ見るのも違うように感じます。
二人に必要だったのは愛情を捨てることではなく、対等ではなかった夫婦関係を一度終わらせることだったのでしょう。
夫婦という枠を外した後だからこそ、薫子は相手の顔色をうかがわずにいられ、義孝も薫子の選択をそのまま受け止められる。
たい焼きを食べる二人の穏やかな表情には、そんな新しい距離感が表れていたように思います。
原作では離婚後に再婚!日本版との違いは?
ここで気になるのが、原作『Nothing But Thirty(30女の思うこと~上海女子物語~)』との違いです。
原作でも、薫子に対応するジョン・シャオチンと、義孝に対応するチェン・ユーは夫婦関係に悩みます。
そして原作では、離婚危機で終わるのではなく、一度正式に離婚しています。
ところが、二人の物語はそこで終わりません。
原作の二人は「離婚→再婚」という結末を迎える
原作では、離婚したシャオチンがチェン・ユーと離れて暮らすことで、彼の不器用な愛情や、自分が見落としていた部分を改めて知っていきます。
シャオチンは離婚後に年下男性との恋愛も経験しますが、最終的には元夫との関係を作り直し、二人は再婚します。
原作での詳しい流れは、『Tokyo middle 30』原作ネタバレと中国版3人の結末をまとめた記事で紹介しています。
また、第6話の段階では原作との共通点から、日本版でも薫子と義孝が一度離婚し、その後復縁する可能性を薫子と義孝は離婚するのか原作から考察した記事で整理していました。
実際、日本版も「一度離婚する」という大きな流れは原作と重なりました。
日本版は「再婚」ではなく「関係を作り直す」ところで終わった?
一方、日本版では原作のように再婚するところまでは描かれていません。
最終回直前には、薫子には「相手に選ばれること」より「自分で人生を決めること」が強く描かれているため、義孝との離婚を成立させるのではないかと予想していました。
詳しくは『Tokyo middle 30』最終回の3人の結末を原作から予想した記事で整理していますが、実際の最終回も離婚を成立させるところまではその予想に近い着地でした。
ただ、ここで予想以上に意味を持ったのが、その後のたい焼きの場面です。
原作を知らなければ、「離婚後も普通に会える関係になった」というラストにも見えます。
しかし原作が「離婚→関係を見直す→再婚」という流れだったことを踏まえると、日本版で離婚後の二人をわざわざ再会させたことには別の可能性も感じます。
日本版のたい焼きは、原作の「離婚して初めて相手との関係を見直す」という部分を残しながら、その先の再婚までは描かずに余韻を残した場面だったのかもしれません。
つまり原作の結末を完全に反転させたというより、「夫婦をやめた後にもう一度関係を作り直す」という核だけを残したとも考えられます。
薫子と義孝は今後復縁する可能性もある?
では、たい焼きのラストは二人が復縁する伏線なのでしょうか。
ここは「復縁した」とまでは断定できません。
最終回で明確に描かれたのは離婚であり、その後に再婚したり、もう一度交際を始めたりする場面はありませんでした。
一方で、将来的な復縁まで否定されたわけでもありません。
もし制作側が二人の完全な決別だけを描きたかったのであれば、離婚届へのサインで関係を終えることもできたはずです。
それでも最後に再会させ、結婚した頃を思い出させるたい焼きを二人の間に置いています。
しかも原作では、離婚後に二人が関係を見直し、再婚しています。
そのため、「最終回で復縁した」のではなく、「離婚後だからこそ始められる新しい関係と、その先の可能性を残した」と見るのが最も自然ではないでしょうか。
薫子が自分の人生を選ぶという日本版の成長を守りながら、原作にあった再婚の余韻も完全には消さない。
たい焼きを食べる二人のラストは、その両方を成立させる終わり方だったように感じます。
薫子と義孝が再会したたい焼き屋のロケ地は「たいやき ひいらぎ」
ラストの意味を象徴するたい焼きだけに、「あのお店はどこ?」と気になった人もいるかもしれません。
薫子と義孝が再会したたい焼き屋のロケ地は、東京都渋谷区恵比寿にある「たいやき ひいらぎ」です。
住所は東京都渋谷区恵比寿1丁目4−1 恵比寿アーバンハウス 107です。
第4話で二人がたい焼きを買った場面にも使われており、最終回では再び同じ場所が登場しました。
つまり、たい焼きという小道具だけではなく、結婚した頃と離婚後に同じ店を登場させることで、二人の関係の変化をより分かりやすく見せていたと考えられます。
同じ場所に戻ってきた二人ですが、以前と同じ夫婦に戻ったわけではありません。
だからこそ、このロケ地の再登場も「元通り」ではなく、「同じ相手と新しい関係を始める」というラストの印象を強めています。
『Tokyo middle 30』最終回考察まとめ
『Tokyo middle 30』最終回で、薫子と義孝は離婚しました。
しかし、それは義孝への愛情や、二人で過ごした時間まで否定する別れではなかったと考えます。
薫子に必要だったのは、相手に合わせ続けていた夫婦関係から離れ、自分の人生を自分で決めることでした。
義孝も最後に離婚を受け入れたことで、初めて薫子の意思そのものを尊重できたのではないでしょうか。
そして離婚後、二人は結婚した頃にも訪れた「たいやき ひいらぎ」の前で再会します。
原作では、二人に対応するシャオチンとチェン・ユーは一度離婚した後、関係を見直して再婚しました。
日本版ではそこまで描かず、たい焼きを食べる二人の姿で物語を終えています。
「離婚した。しかし愛情まで否定したわけではない。夫婦を終えたからこそ、今度は対等な二人として向き合える」――それが薫子と義孝のラストだったのではないでしょうか。
さらに原作の結末を重ねれば、たい焼きの場面は「これから二人がどうなるか」を決め切らず、復縁や再婚も含めた未来をほのかに残すシーンだったとも考えられます。
- 薫子と義孝は最終回で離婚したと考えてよい
- 離婚は愛情の消滅ではなく、これまでの夫婦関係を終える選択だった
- 二人は離婚によって初めて対等に向き合える関係になったと考えられる
- たい焼きは第4話の結婚時にも登場し、最終回では同じ店「たいやき ひいらぎ」で再会した
- 原作のシャオチンとチェン・ユーは一度離婚した後に再婚している
- 日本版は再婚まで描かず、離婚後に関係を作り直す可能性を残したと考えられる
- たい焼きのラストは復縁の確定ではなく、二人の未来をにおわせる余韻とも受け取れる



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