『Tシャツが乾くまで』第5話ロケ地|樹生と宮内が話した教会はどこ?あずさへの思いを考察

2026年夏ドラマ
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『Tシャツが乾くまで』第5話で印象に残ったのが、樹生たちが児童養護施設の職員・光江を訪ねた教会のシーンです。

静かな聖堂で宮内と向き合った樹生は、あずさと充の関係について意外な言葉を口にしました。

撮影場所とみられるのは、神奈川県大磯町にある「カトリック大磯教会」です。

今回は教会のロケ地情報とともに、「あずさ側の僕らはそういうことにしておけばいい」という樹生の言葉が持つ意味を考察します。

この記事を読むとわかること

  • 『Tシャツが乾くまで』第5話の教会ロケ地と撮影場所の特徴!
  • 樹生が「あずさ側の僕ら」と語った理由とセリフの意味!
  • 教会の演出から読み解く第5話の核心とラストへの考察!

『Tシャツが乾くまで』第5話で樹生たちが訪れた教会のシーン

第5話では、事故から1年が経った樹生や咲子たちの現在が描かれました。

8/7(金) 第5話!事故から約1年の時が経ち...第2章の幕が上がる『Tシャツが乾くまで』【TBS】

樹生は事故現場で直人と再会し、一方の咲子はついに充本人から電話を受けます。

咲子は充に対して、なぜあずさを一緒に連れて行ったのか問いかけました。しかし、はっきりとした答えは得られません。

電話を切った咲子は、充と話していたはずなのに、口から出てきたのは園田家を思う言葉ばかりだったことに気づきます。

そして物語は、樹生、翔、実樹、宮内が児童養護施設の職員・光江を訪ねる教会の場面へ移りました。

この配置がかなり印象的です。

咲子が「園田さん側」に立ってしまった直後に、今度は文字通り「あずさ側」の人たちが集まる場面が置かれています。

第5話は、誰が被害者で誰が加害者なのかを単純に分けるのではなく、それぞれが何を信じて生きていくのかを描いているように見えました。

教会で宮内が「殺されたようなもんだ」と話した意味

教会では、翔と実樹が外の庭にいる一方、樹生と宮内は聖堂に残ります。

そこで宮内は、事故から1年経っても気持ちが楽にならないことを口にし、あずさについて「殺されたようなもの」という趣旨の言葉を投げかけました。

宮内にとってあずさは、単なる古書店のアルバイトではありません。

宮内はあずさの理解者であり、相談相手でもある人物として設定されています。

だからこそ、残された側として充に怒りを向けたくなる気持ちは自然です。

事故の車両にあずさが乗っていた。しかも一緒にいたのは別の男性だった。

事情が分からないまま大切な人を失った側からすれば、「なぜ連れて行ったのか」という怒りが生まれても不思議ではありません。

ところが、樹生はそこで宮内とは違う答えを出します。

樹生はなぜ充を恨まないのか

樹生は、充があずさを無理に連れ回したとは思えないと話します。

むしろ「あずさが連れて行ってと言ったのではないか」と考えていました。

さらに、「あずさ側の僕らはそういうことにしておけばいい」という考えを示します。

ここで大事なのは、樹生が真相を知っているわけではない点です。

充とあずさの間に何があったのかは、この時点でも完全には明らかになっていません。

それでも樹生は、自分たちが生きていくための解釈を選ぼうとしています。

「充が妻を奪った」と考えれば、怒りの矛先は充へ向き続けます。

しかし、「あずさ自身が行きたかったのかもしれない」と考えれば、誰か一人を恨み続けずに済む。

つまり樹生は、真実を決めつけているのではなく、自分たちの心を壊さないための物語を選んでいるように見えます。

これは単純な優しさというより、喪失を抱えながら生きていくための樹生なりの方法なのかもしれません。

「余計に人を恨まなくていい」が第5話全体につながっている

この教会の場面は、第5話の中でも重要なシーンだったと考えられます。

なぜなら直前の咲子もまた、充を責めきれない状態にいるからです。

咲子は充に逃げられ、何も説明されないまま1年間を過ごしています。怒って当然の状況です。

それでも充を嫌いにはなれません。

一方の樹生も、妻を失った原因をすべて充の責任にしてしまえば、もっと分かりやすく怒ることができます。

しかし彼はそうしません。

咲子と樹生は立場こそ違いますが、「相手を完全な悪者にできない」という点で似ています。

第5話では、この二人がそれぞれ別の場所で同じような感情にたどり着いているようにも見えました。

樹生があずさの意思を尊重しようとした可能性

もう一つ考えられるのは、樹生が最後まで「あずさ自身の意思」を消したくなかったということです。

もし「充があずさを連れ出した」とだけ考えれば、あずさは一方的に巻き込まれた人物になります。

しかし樹生は、あずさなら「ついていきたい」と言うかもしれないと考えています。

そこには、妻の性格を知る夫だからこその感覚があるのでしょう。

もちろん、本当にあずさがそう言ったのかはまだ分かりません。

それでも樹生は、あずさを誰かに操られるだけの存在にはしたくないのかもしれません。

愛していた人だからこそ、理解できない行動まで含めて「あずさ自身が選んだ可能性」を残そうとしている

そう考えると、この言葉はかなり切ないものに聞こえます。

教会という場所が樹生と宮内の会話に選ばれた理由を考察

この会話が喫茶店や自宅ではなく、教会で描かれたことにも意味がありそうです。

教会は一般的に、祈りや死者への思い、赦しと向き合う空間でもあります。

今回も、誰かを裁く場面ではなく、「どう考えれば人を恨まずに生きていけるのか」という話が交わされました。

そのため、静かな教会という場所が会話の内容とよく重なっています。

ただし、作品側が明確に宗教的な意味を込めたと断定することはできません。

映像を見る限りでは、広い聖堂の中で樹生と宮内が離れて座っている構図も印象的でした。

同じあずさを思っていても、宮内は怒りに近い感情を抱え、樹生は恨まないための答えを探している。

二人の心理的な距離まで、座席の間隔によって表しているようにも見えます。

開いた扉の向こうに庭が見える構図も印象的

聖堂の後方には大きく開いた入口があり、その向こうには明るい緑の庭が見えています。

室内では大人たちが事故や死、恨みについて話している。その一方で、外では翔や実樹が過ごしています。

この「暗さを抱えた大人」と「日常が続いている外の世界」の対比も印象的でした。

事故によって時間が止まっているように感じる人がいても、現実の時間は進んでいきます。

翔も成長していく。樹生もいつまでも事故の瞬間だけに留まることはできません。

そのため、開かれた扉の先の緑は、樹生がこれから少しずつ外へ向かっていくことを予感させる景色にも見えました。

『Tシャツが乾くまで』第5話の教会ロケ地はカトリック大磯教会

撮影に使われたとみられるのは、神奈川県中郡大磯町にあるカトリック大磯教会です。

瓦屋根の聖堂、正面の十字架、庭の聖母像、木製の長椅子、色ガラスの入った窓などが、実際のカトリック大磯教会の特徴と一致しています。

正式名称は「宗教法人カトリック横浜司教区 カトリック大磯教会」。

住所は神奈川県中郡大磯町東町2丁目7-1です。

JR東海道線の大磯駅からは徒歩約13~15分ほど。大磯駅から海側へ向かって歩ける距離です。

瓦屋根と十字架が印象的な歴史ある教会

カトリック大磯教会は1950年に始まり、現在の聖堂は1960年に建立されました。

外観で特に印象的なのが、日本家屋を思わせる大きな瓦屋根と、その上に立つ十字架です。

ドラマの映像でも、この独特の外観が最初にしっかり映されています。

敷地には聖母像や木々があり、住宅地の中にありながら落ち着いた空気を感じさせる場所です。

また、カトリック大磯教会は以前からドラマや映画の撮影に協力しており、『Mother』『コウノドリ』『過保護のカホコ』『ハロー張りネズミ』などでも撮影場所を提供しています。

大磯ではロケ地としても知られた教会です。

教会の開館時間とミサの時間

現在、公式案内では月曜日と祝日を除き、午前10時から午後1時まで開館しています。

日曜日のミサは11時からです。

祝祭日などは時間が変更される場合があるため、訪問前に最新情報を確認したほうが安心です。

以前の案内には異なる開館時間が掲載されているものもあるため、ロケ地巡りの際は現在の公式情報を優先してください。

カトリック大磯教会へロケ地巡りする際の注意点

カトリック大磯教会は撮影用の施設ではなく、現在も信徒の方々が祈りをささげる現役の教会です。

そのため、一般的な観光施設と同じ感覚で訪れるのは避けたいところです。

特にミサや行事が行われている時間帯は、写真撮影を優先せず、教会の利用者への配慮が必要です。

建物内部への立ち入りについても、その日の状況や教会側の案内に従いましょう。

大磯ガイド協会のロケ地巡りコースでも、カトリック大磯教会について「建物内には入れません」と案内している例があります。

ドラマと同じ聖堂内を見たい場合でも、無断で入ったり長時間撮影したりせず、まず現地の案内を確認するのが安心です。

車で向かう場合も、周辺は住宅地です。

近隣には予約制駐車場がありますが、周辺道路には幅の狭い場所もあるという利用者の声があります。

公共交通機関を利用し、大磯駅から街を歩きながら向かうのもロケ地巡りには合いそうです。

まとめ

『Tシャツが乾くまで』第5話で樹生たちが訪れた教会の撮影場所は、神奈川県大磯町のカトリック大磯教会とみられます。

この場面で印象的だったのは、樹生が充を恨むのではなく、「あずさ自身がついていきたかったのかもしれない」と考えていたことです。

それは真相を知っているからではなく、残された人間がこれから生きていくために選んだ考え方なのかもしれません。

そして静かな教会で交わされた「人を恨まなくていい」という考えは、第5話で描かれた咲子の感情とも重なります。

ラストでは充が突然帰宅しました。

樹生と咲子がようやく過去との距離を変え始めたタイミングだからこそ、この帰還が二人の関係をどう動かすのか、次回以降の展開にも注目です。

この記事のまとめ

  • 『Tシャツが乾くまで』第5話の教会ロケ地はカトリック大磯教会とみられる
  • 樹生は充を恨むより「あずさ自身が行きたかった可能性」を選んだ
  • 「あずさ側の僕ら」という言葉には、残された人が生きていくための意味が感じられる
  • 樹生と咲子は「相手を完全な悪者にできない」という点で重なっている
  • 教会や開いた扉の演出は、赦しや止まっていた時間からの変化を思わせる
  • カトリック大磯教会をロケ地巡りする際は、現役の教会であることへの配慮が必要
  • 第5話ラストで帰宅した充が、樹生や咲子の関係をどう動かすのか注目される

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