『VIVANT』第15話で描かれた、ノゴーン・ベキらテント幹部の壮大な葬儀。
バルカ共和国の荒涼とした大地に大勢の参列者が集まっていましたが、群衆部分の撮影場所は埼玉県行田市でした。
しかも撮影には約4000人ものエキストラが集結。
「最終的にCGで加工するなら、なぜ4000人も集めたの?」という疑問も浮かびます。
今回はベキの葬儀ロケ地を紹介するとともに、4000人を実際に集めた意味、そして葬儀そのものがベキ生存説につながる可能性について考察します。
- 『VIVANT』第15話・ベキ葬儀シーンのロケ地とアクセス情報!
- なぜ約4000人のエキストラを集め、CGも使ったのかという理由と意味!
- 世界が見守る葬儀とベキ生存説がつながる可能性についての考察!
『VIVANT』第15話で乃木が再びバルカへ!ベキの葬儀で何が起きた?
第15話では、野崎の行方を追う乃木が、東条、公安部長の佐野、そしてバルカ警察のチンギスへと捜査の範囲を広げていきます。
乃木はドラムの言葉を受けてバルカへ向かい、そこで目にしたのがベキらテント幹部の葬儀でした。
大勢の人々が集まる葬儀を乃木は離れた高台から見つめ、その後チンギスと接触。野崎が乃木へ渡すよう託していたメモを受け取ります。
第1シーズンの中心地だったバルカに再び乃木が立つだけでも印象的ですが、その目の前で行われているのが実の父・ベキの葬儀というのが重要です。
乃木は参列者の中には入らず、遠くから葬儀を見下ろしています。
父を弔う「息子」としての乃木と、野崎の真意を探る「別班員」としての乃木。
その二つの立場の距離が、乃木と葬儀会場との物理的な距離にも重なって見えるシーンでした。
ベキたちの葬儀ロケ地は行田市総合公園の自由広場
バルカ共和国で行われているように見えた葬儀ですが、大勢の参列者が集まる場面の撮影場所は、埼玉県行田市にある行田市総合公園の自由広場です。
普段の自由広場は、少年野球やソフトボール、少年サッカーなどに使われているスポーツ施設。
映像では周囲が一面の砂漠になっているため、普段の公園を知っている人ほど「ここが行田?」と驚くほど雰囲気が変わっています。
行田市総合公園の住所・最寄り駅・アクセス
行田市総合公園自由広場の基本情報は次の通りです。
- 所在地:埼玉県行田市和田1242番地
- 最寄り駅:秩父鉄道「行田市駅」
- 行田市駅から徒歩:約15分
- JR高崎線「行田駅」から車:約20分
- 駐車場:公園全体で755台
- 自由広場利用時間:9:00~日没
- 休館日:第2・第4月曜日。祝日の場合は翌火曜日
なお、自由広場を含む総合公園の所在地は公式案内で「和田1165番地」となっています。
なぜ4000人規模の撮影にこの場所が向いていた?
自由広場は、ソフトボール・少年野球・少年サッカーでそれぞれ4面分を確保できる広さがあります。
数千人を一度に配置するには、単に広いだけでは足りません。
人を入退場させる導線、撮影機材を置くスペース、スタッフが動ける余白なども必要になります。
さらに今回の映像では、葬儀会場全体を上空から見下ろすようなカットが使われています。
広く平坦な自由広場だからこそ、数千人のエキストラを一つの巨大な「群衆」として画面に収め、砂漠の風景へ合成しやすかった可能性があります。
普段の園内はスポーツ施設や遊具広場がある地域密着型の公園です。
口コミでも、広い運動公園であることや、散歩や子どもの遊び場として使いやすいという声が見られます。
ドラマの緊張感あふれる葬儀会場とはかなり違い、日常的で穏やかな場所という印象です。
ベキの葬儀になぜ4000人?全部CGにしなかった理由を考察
このシーンで最も気になるのが、「人数をCGで増やすなら、最初から全部CGでもよかったのでは?」という点です。
実際、約4000人ものエキストラを集めるだけでも大変です。
本日4000人のエキストラさんとの撮影を
無事終えることができました🎥✨ご応募頂いた皆さん、ご参加頂いた皆さん、
本当にご協力ありがとうございました🙏続編は7月スタートです📺
オンエアされるその日まで
心を込めて制作を続けてまいります。
応援のほど宜しくお願いします!#VIVANT https://t.co/VCgmOkS1kb pic.twitter.com/JM0ZJtORIk— 日曜劇場『VIVANT』【公式】 (@TBS_VIVANT) May 8, 2026
『VIVANT』の公式メイキングでも、ベキの葬儀はエキストラ4000人が参加した「VIVANT最大規模」の撮影として紹介されています。
それでも実際の人間をこれだけ集めたのには、いくつか意味があったと考えられます。
CGで増やすからこそ「本物の群衆」が必要だった?
まず考えられるのが、4000人はCGの代わりではなく、CGの土台だったということです。
完全なCGだけで数万人規模の群衆を作る場合、一人ひとりの立ち方や動き、服装、視線、人と人との間隔まで自然に見せる必要があります。
一方、実際に4000人が集まれば、人間特有の不規則さは最初から存在します。
少し動く人。
隣の人との距離が狭い場所。
人が密集している場所と、わずかに空間が空いている場所。
こうした「揃いすぎていない感じ」が、群衆を本物らしく見せます。
その実写映像をベースに人数を増やした方が、すべてをゼロから作るよりリアルな巨大群衆を作りやすかった可能性があります。
つまり、「4000人も集めたのにCGを使った」のではありません。
「CGでさらに壮大に見せるため、まず4000人の本物の群衆を作った」と考えると、この大規模撮影の意味が見えてきます。
4000人という「人の塊」でベキの影響力を見せたかった?
もう一つ重要なのが、葬儀の人数そのものです。
この場面では単に「ベキが亡くなった」と伝えるだけなら、墓や遺影を映すだけでも成立します。
それでも画面いっぱいに人々を集めた。
これは、ベキという人物がどれだけ大きな存在だったのかを、説明ではなく映像で見せるためだったのではないでしょうか。
ベキは世界から見ればテントの指導者。
一方、バルカでは孤児たちを救い、多くの人々の人生に影響を与えた人物でもあります。
その死にこれほど多くの人間が集まるという光景そのものが、ベキが残した影響力を表しています。
4000人のエキストラは単なる背景ではなく、「ベキという人物の大きさ」を視覚化するための装置だったとも考えられます。
衛星から見ても「本物の大葬儀」にする必要があった
さらに、このシーンで見逃せないのが世界各国の衛星です。
劇中では、ベキらテント幹部の葬儀が衛星によって監視され、世界中から注目されていることが描かれていました。
ここがかなり重要です。
つまりこの葬儀は、バルカ国内の人々に見せるだけのものではありません。
「世界に見せる葬儀」でもあります。
だからこそ、遠くから見ても異常なほどの人数が集まっている必要があったのではないでしょうか。
数十人や数百人ではなく、地表を埋め尽くすほどの人間が集まる。
そのスケールがあって初めて、「テント指導者ノゴーン・ベキの死が世界的な出来事になった」という説得力が生まれます。
ベキは生きている?大々的な葬儀は「死を世界に信じ込ませる作戦」か

そして、この葬儀を見て改めて浮かぶのがベキ生存説です。
第1シーズンの最終回でも、ベキの死には意図的に余白が残されていました。
乃木はノコルからベキの墓について聞かれた際、「花を手向けるのはまだ先にするよ」と伝えています。
さらに、発見されたベキらの遺体は焼けて判別が難しい状態だったとされ、当時から生存説が大きく注目されました。
そこへ今回、世界中が見守るほど大々的な葬儀が行われました。
一見すると「これでベキの死が確定した」と感じる場面です。
しかし逆に考えることもできます。
もしベキが生きているなら、これ以上ないほど完璧な「死亡証明」になるからです。
世界からマークされなくなるための葬儀だった?
もし世界各国の情報機関がベキを追跡しているのであれば、生きている限り監視対象であり続けます。
ところが、世界各国の衛星が見ている前で大規模な葬儀が行われる。
大勢の人間がベキの死を悼む。
その映像が世界へ広がる。
ここまでそろえば、世界は「ノゴーン・ベキは死んだ」と認識する可能性が高くなります。
そうなれば、生きているベキにとっては大きなメリットがあります。
世界から追われる「テント指導者ノゴーン・ベキ」は、この瞬間に社会的には存在しなくなるからです。
その後は、これまでよりはるかに動きやすくなる可能性があります。
そう考えると、第15話の葬儀はベキを弔うためだけではなく、「ベキを世界から消すための儀式」だった可能性も否定できません。
4000人のエキストラが必要だった理由も生存説につながる?
ここで4000人の話にも戻ります。
世界を欺くための葬儀だと考えるなら、中途半端な規模では意味がありません。
むしろ、「誰が見ても本物の国家的・世界的規模の葬儀に見えること」が重要になります。
数千人の本物の人間が集まり、それをさらにCGで拡張する。
だからこそ衛星映像として見せられたときも、「ベキほどの人物ならこれだけの人が集まるだろう」と視聴者が納得できます。
もちろん、ベキが実際に死亡しており、その影響力を示すために大規模な葬儀が描かれただけという可能性もあります。
第15話の葬儀だけで生存を断定することはできません。
ただ、第1シーズンから続く生存を匂わせる描写と、今回わざわざ「世界中が見ている葬儀」にしたことを重ねると、単なる追悼シーン以上の意味を感じさせます。
行田市総合公園へロケ地巡りする際の注意点
ベキの葬儀が撮影された自由広場は、観光用のセットではなく、現在もスポーツなどで利用されている公共施設です。
自由広場を施設として使用する場合は申込手続きが必要です。利用時間は9時から日没までで、第2・第4月曜日は原則休館日となっています。
ロケ地巡りで訪れる場合も、予約している団体やスポーツ利用者の妨げにならないよう注意したいところです。
また、公園には野球場、庭球場、弓道場、遊具広場、ランニングコースなどもあります。
ドラマでは完全な砂漠へと姿を変えていましたが、実際に訪れると「この普通の運動公園が、あのバルカの大葬儀になったのか」と、映像制作のスケールをより実感できそうです。
『VIVANT』第15話ロケ地考察まとめ
『VIVANT』第15話でベキらテント幹部の葬儀が撮影されたのは、埼玉県行田市にある行田市総合公園の自由広場でした。
撮影には約4000人ものエキストラが参加。
最終的にCGで人数や背景を加工するのであれば、「全部CGでもいいのでは?」と思ってしまいますが、実際の4000人が作り出す不規則な人の密度や空気感を土台にすることで、より巨大でリアルな群衆を作ろうとした可能性があります。
そして物語上では、その群衆こそがベキの影響力と「死の信憑性」を強めています。
世界中の衛星が見守る中で行われた大葬儀。
もしベキが生きているのであれば、これほど効果的に「ノゴーン・ベキは死んだ」と世界へ知らせる方法もありません。
4000人を集めた理由とベキ生存説。
一見別々に見える二つが、実は「世界にベキの死を信じさせる」という一点でつながっている可能性があります。
今後、あの壮大な葬儀が本当の別れだったのか、それともベキを再び表舞台から消すための仕掛けだったのか。
第15話以降の展開で、葬儀シーンの意味がもう一度ひっくり返されるのかにも注目です。
- 『VIVANT』第15話のベキ葬儀ロケ地は、埼玉県行田市の行田市総合公園自由広場
- 葬儀シーンには約4000人のエキストラが参加した大規模撮影が行われた
- 本物の群衆をCGの土台にすることで、より自然で壮大な葬儀を表現した可能性がある
- 4000人の群衆は、ノゴーン・ベキがバルカに残した影響力を視覚的に示している
- 世界各国の衛星が見守る葬儀には、ベキの死を世界へ強く印象づける意味がある
- ベキ生存説が正しければ、大葬儀は「ノゴーン・ベキは死んだ」と信じ込ませる作戦とも考察できる
- 4000人のエキストラとベキ生存説は「世界に死を信じさせる」という点でつながる可能性がある






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