『夫婦別姓刑事』最終回ネタバレ感想|上山晋吾の歪んだ正義と“縦読み回収”への本音

2026年春ドラマ
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※この記事は『夫婦別姓刑事』最終回のネタバレを含みます。

『夫婦別姓刑事』最終回を視聴しました。

今回の最終話で大きな注目ポイントになったのは、消しゴム事件の犯人は本当は誰なのか、そして上山晋吾の動機は何だったのかという部分でした。

前回の記事では、最終回のラテ欄に書かれていた「これまでのサブタイトルに注目」という意味深なヒントから、サブタイトル縦読みで浮上した「消しゴムは上山晋吾」説について書きました。

その時点で、上山晋吾がかなり怪しいことは分かっていました。

だから最終回は、「犯人は誰なのか?」という純粋な犯人探しというより、本当に上山晋吾が犯人なのか?、そして犯人ならなぜ消しゴム事件を起こしたのか?を見届ける回だったと思います。

結果として、消しゴム事件のオーナーは縦読み通り上山晋吾でした。

ただ、正直な感想を言うと、犯人判明の驚きよりも「やっぱりそうだったか」という気持ちの方が強かったです。

サブタイトル縦読みという仕掛けは面白かったのですが、最終回前のラテ欄ヒントで気づけてしまったことで、推理小説の犯人を途中で知らされたような感覚も残りました。

一方で、上山晋吾の動機はかなり重く、彼がなぜ“消しゴム事件のオーナー”になってしまったのかは、最終回でしっかり描かれていたと思います。

この記事では、『夫婦別姓刑事』最終回のネタバレ感想として、上山晋吾の犯人判明、消しゴム事件の動機、そして“縦読み回収”への本音をまとめていきます。

前回の考察記事はこちらです。

『夫婦別姓刑事』最終回考察|消しゴム=オーナーは誰?ラテ欄縦読みから浮上した上山晋吾説を検証

この記事を読むとわかること

  • 『夫婦別姓刑事』最終回の結末とネタバレ!
  • 上山晋吾が消しゴム事件を起こした理由
  • 縦読み回収への本音とラストの考察!
  1. 『夫婦別姓刑事』最終回は“犯人探し”より答え合わせに近かった
    1. 最終回ラテ欄のヒントで「縦読み」に気づいた人が多かった
    2. 最終回の焦点は「上山晋吾なのか」ではなく「なぜやったのか」
  2. 犯人は縦読み通り上山晋吾!消しゴム事件のオーナーだった
    1. 消しゴム事件のオーナーは上山晋吾だった
    2. 縦読みはミスリードではなく、そのまま真相だった
    3. 「やっぱり上山だったか」が最初に来てしまった
  3. 上山晋吾の動機は“罪悪感”と“歪んだ正義”だった
    1. 上山晋吾は皐月の死を「自分のせい」だと思っていた
    2. 警察も司法も悪人を止められないという絶望
    3. 上山晋吾は“悪人を消せば犯罪が減る”と思い込んだ
    4. 上山晋吾は四方田誠のためにやったつもりだった
  4. 上山晋吾の“正義”は、正義ではなく新たな犯罪だった
    1. 上山晋吾は加害者が法に守られていると感じていた
    2. 四方田誠の言葉が上山晋吾の矛盾を突いていた
    3. 四方田誠が本当に欲しかったのは復讐ではなく真実だった
  5. 矢本悠馬の演技は見応えあり!上山晋吾の壊れ方が伝わった
    1. 上山晋吾の言葉には怒りよりも悲しさがあった
    2. 犯人が分かっていても最後まで見られた理由
    3. 上山晋吾は悪人というより“正義に取りつかれた人”だった
  6. サブタイトル縦読みは面白い。でもラテ欄ヒントで先に気づけたのは惜しかった
    1. 「消しゴムは上山晋吾」という仕掛け自体は面白かった
    2. ラテ欄のヒントで気づけたことで、犯人判明の衝撃は弱くなった
    3. 最終回後に明かされた方がもっと盛り上がったと思う
  7. 推理小説の犯人を途中で知らされたような感覚が残った
    1. 「上山ではないひねり」を少し期待していた
    2. 犯人判明よりも確認作業に近かった
    3. 納得できる結末と満足できる結末は少し違う
  8. 音花の釈放と刑事課メンバーの結末は、少し寂しい余韻だった
    1. 音花が釈放されたことには救いがあった
    2. 夫婦バディものとして始まったからこそ終盤の重さが印象的
    3. 刑事課メンバーの結末にもロスを感じた
  9. 『夫婦別姓刑事』最終回感想まとめ|上山晋吾の歪んだ正義と縦読み回収への本音
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『夫婦別姓刑事』最終回は“犯人探し”より答え合わせに近かった

『夫婦別姓刑事』最終回は、純粋に「犯人は誰だろう?」と考える回というより、すでに浮上していた上山晋吾説の答え合わせに近い回でした。

その理由は、最終回のラテ欄にあった「これまでのサブタイトルに注目」というヒントです。

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この章では、前回記事とのつながりを踏まえながら、最終回を見る前の時点で何が分かっていたのかを整理します。

最終回ラテ欄のヒントで「縦読み」に気づいた人が多かった

前回の記事では、最終回のラテ欄に書かれていた「これまでのサブタイトルに注目」というヒントから、各話サブタイトルの縦読みについて書きました。

このヒントがなければ、サブタイトルの縦読みに気づかなかった人も多かったのではないでしょうか。

実際、最終回前の時点で話題になったのは、ただサブタイトルを並べたからではなく、ラテ欄がわざわざ「注目」と知らせてきたからだと思います。

その意味では、作品側から視聴者に向けて「ここを見て」と合図を出したようにも見えました。

そして、そのヒントに従って各話のサブタイトルを確認すると、「消しゴムは上山晋吾」と読める。

この時点で、上山晋吾が消しゴム事件に関わっている可能性はかなり高くなりました。

最終回の焦点は「上山晋吾なのか」ではなく「なぜやったのか」

ラテ欄のヒントによって上山晋吾の名前が浮上したことで、最終回の見方は少し変わりました。

本来なら、最終回では「消しゴム事件の犯人は誰なのか?」をドキドキしながら見るはずです。

しかし、縦読みで上山晋吾の名前が見えてしまったため、視聴者の関心は別のところへ移ったと思います。

それは、本当に犯人は上山晋吾なのか。

そして、上山晋吾が犯人なら、なぜそんなことをしたのかという点です。

上山晋吾が犯人だとしても、ただの快楽殺人犯には見えませんでした。

これまでの様子からも、彼の中には何か強い怒りや罪悪感があるように感じられました。

だから最終回で一番知りたかったのは、犯人の名前ではなく、上山晋吾が“消しゴム事件のオーナー”になるまで追い詰められた理由でした。

犯人は縦読み通り上山晋吾!消しゴム事件のオーナーだった

最終回で明かされた真相は、ラテ欄のヒントから読み取れた通りでした。

消しゴム事件のオーナーは上山晋吾で、彼が殺したい人間と殺したい相手をつなげていました。

この章では、上山晋吾が犯人だったことへの感想と、縦読み通りの結末に感じた物足りなさを書いていきます。

消しゴム事件のオーナーは上山晋吾だった

最終回で、上山晋吾は自分が消しゴム事件のオーナーだったことを明かしました。

彼は、殺したい相手がいる人間と、誰でもいいから人を殺したい人間をつなげていました。

つまり、直接自分の手で全てを実行するのではなく、殺意と殺意をマッチングさせる立場にいたということです。

この仕組みが、消しゴム事件の異様さだったと思います。

普通の殺人事件なら、犯人と被害者の間に直接的な恨みや動機があります。

しかし消しゴム事件では、上山晋吾が間に入ることで、別々の人間の殺意がつながってしまう。

上山はそれを、自分の中では“正義”だと思っていました。

でも実際にやっていることは、犯罪を止めるどころか、新たな犯罪を作り出す行為でした。

縦読みはミスリードではなく、そのまま真相だった

前回記事を書いた時点では、縦読みで「消しゴムは上山晋吾」と読めることが分かっても、まだミスリードの可能性もあると思っていました。

あまりにもはっきり上山晋吾の名前が出てきたので、逆に別の真相があるのではないか。

上山晋吾は犯人ではなく、消しゴム事件を知る人物にすぎないのではないか。

そんな可能性も少し考えていました。

しかし、最終回の結論はかなりストレートでした。

縦読みはミスリードではなく、そのまま真相。

消しゴム事件のオーナーは、やはり上山晋吾でした。

もちろん、伏線としては分かりやすく、回収もきれいだったと思います。

ただ、最終回前にラテ欄のヒントで名前が読めてしまったぶん、犯人判明の瞬間に大きな驚きはありませんでした。

「やっぱり上山だったか」が最初に来てしまった

上山晋吾が犯人だと分かった場面で、最初に思ったのは「やっぱりそうだったか」でした。

物語としては納得できます。

上山晋吾が消しゴム事件のオーナーだったことも、彼の抱えていた罪悪感や怒りを考えれば理解できる流れでした。

ただ、ミステリーとしての衝撃は少し弱かったです。

最終回の前に、ラテ欄のヒントから縦読みで上山晋吾の名前に気づいた人が多かったからこそ、真相が明かされても驚きより確認作業に近くなってしまいました。

ここは、少しもったいなかったと思います。

「まさかこの人が犯人だったのか」という驚きではなく、「やっぱり縦読み通りだったのか」という受け止め方になってしまったからです。

上山晋吾の動機は“罪悪感”と“歪んだ正義”だった

上山晋吾の動機は、簡単に言えば、皐月の死に対する罪悪感と、法で裁けない悪人への怒りでした。

彼は、自分のせいで皐月が死んだと思い込み、さらに警察や司法では悪を裁ききれないと考えるようになります。

この章では、上山晋吾がなぜ消しゴム事件のオーナーになってしまったのかを分かりやすく整理します。

上山晋吾は皐月の死を「自分のせい」だと思っていた

上山晋吾の動機の出発点にあったのは、皐月の死でした。

上山は当時まだ新人で、自分が刑事として未熟だったことを強く責めていました。

本来なら四方田誠は日勤だったのに、自分に付き合ってくれた。

自分が一人で行けなかったから、結果的に皐月が死んでしまった。

上山は、そんなふうに考えていたのだと思います。

もちろん、皐月の死は上山だけの責任ではありません。

でも、上山自身はそう受け止めることができなかった。

「自分が足手まといだったから」

「自分が刑事として役に立たなかったから」

「自分のせいで皐月が死んだ」

その罪悪感が、上山晋吾の中にずっと残り続けていたのだと思います。

そして、その罪悪感はやがて、警察や司法への不信感に変わっていきました。

警察も司法も悪人を止められないという絶望

上山晋吾は、皐月の死をきっかけに刑事としての考え方が変わってしまいました。

警察がいても殺人はなくならない。

いい人ばかりが殺されていく。

犯人が捕まっても、十分に裁かれないことがある。

結局、守られているのは被害者ではなく加害者ではないか。

上山は、そう感じるようになったのだと思います。

この気持ち自体は、ドラマを見ている側にも分からなくはありません。

理不尽な事件が起こり、加害者が十分に罰を受けていないように見える時、怒りを感じることはあります。

しかし、上山はそこで踏みとどまれませんでした。

本来なら、警察官として事件を捜査し、真実を明らかにし、法の中で裁きにつなげなければならない。

でも上山は、警察や司法では悪を裁けないと決めつけ、自分が代わりに裁きを下そうとしてしまいました。

ここが、上山晋吾の大きな分岐点だったと思います。

上山晋吾は“悪人を消せば犯罪が減る”と思い込んだ

上山晋吾がたどり着いた考えは、とても危険なものでした。

彼は、悪人をこの世から消せば犯罪が減ると考えました。

そして、法で裁けない悪人を殺すことこそが、警察にはできない本当の正義だと思い込んでしまいました。

その結果、彼は「殺したい人がいる人」と「誰でもいいから人を殺したい人」をつなぐようになります。

上山の中では、それは需要と供給のような感覚だったのかもしれません。

殺したいほど憎い相手がいる人。

誰でもいいから人を殺したい人。

その2つをつなげれば、悪人が消える。

上山はそう考えたのだと思います。

でも、それは正義ではありません。

ただ新しい犯罪を生み出しているだけです。

悪人を消しているつもりでも、その時点で上山自身が犯罪者になっています。

そして、彼が殺した相手にも人生があり、遺族がいて、その死によってまた別の憎しみが生まれます。

上山晋吾の理屈は、一見すると被害者の味方をしているように見えます。

しかし実際には、被害者のためにも、真実のためにもなっていませんでした。

上山晋吾は四方田誠のためにやったつもりだった

上山晋吾の動機で特に悲しかったのは、彼が四方田誠のためにやったつもりでいたことです。

上山は、喜多村邦弘を殺したことで、四方田の仇を取ったと思っていました。

皐月を失った四方田が喜んでくれるはずだと、どこかで信じていたのだと思います。

でも、四方田は喜びませんでした。

それどころか、上山が喜多村を殺したことで、四方田は犯人本人の口から真実を聞く機会を失ってしまいました。

なぜ皐月が殺されたのか。

何があったのか。

どんな理由で命が奪われたのか。

四方田は、それを自分の耳で聞きたかった。

そのために刑事を続けてきた。

上山は四方田のためにやったつもりでも、実際には四方田が求めていた真実を奪ってしまったのです。

ここが本当に苦しかったです。

上山の正義は、誰かのためのように見えて、結局は自分の罪悪感と怒りを晴らすためのものになってしまっていました。

上山晋吾の“正義”は、正義ではなく新たな犯罪だった

上山晋吾は、自分の行動を本当の正義だと信じていました。

しかし、四方田誠が言ったように、それは犯罪を減らすどころか、新たな犯罪者を生んでいるだけでした。

この章では、上山晋吾の考える正義がなぜ間違っていたのかを、最終回のやり取りから考えていきます。

上山晋吾は加害者が法に守られていると感じていた

上山晋吾の怒りの根本には、加害者が法に守られているという感覚がありました。

悪いことをした人間が、法律や制度によって守られている。

被害者や遺族の苦しみは残ったままなのに、加害者は十分に裁かれていない。

そんな現実を、上山は許せなかったのだと思います。

この怒りは、完全に理解できないわけではありません。

犯罪被害者や遺族の側から見れば、判決が軽いと感じることもあるでしょう。

なぜ被害者ばかりが苦しみ、加害者には権利があるのかと感じる瞬間もあると思います。

ただ、だからといって、誰かが個人的に裁きを下していいわけではありません。

上山はその一線を越えてしまいました。

そして、一度その一線を越えたことで、自分の行いを止めることができなくなってしまったのだと思います。

四方田誠の言葉が上山晋吾の矛盾を突いていた

上山晋吾に対して、四方田誠がぶつけた言葉はとても重かったです。

上山は、悪人を消せば犯罪が減ると思っていました。

でも四方田は、上山がやっていることは新たな犯罪を増やしているだけだと突きつけました。

これは、上山の理屈の一番大きな矛盾です。

上山は犯罪を減らすためと言いながら、自分自身が犯罪者になっている。

悪人を裁くためと言いながら、殺人という悪を重ねている。

さらに、上山が殺した相手にも仇を取りたい人が生まれるかもしれません。

そうなれば、憎しみは終わりません。

上山のやっていることは、正義ではなく、ただ憎しみの連鎖を広げているだけでした。

四方田誠が本当に欲しかったのは復讐ではなく真実だった

上山晋吾は、四方田誠の仇を取ったつもりでいました。

でも、四方田が本当に欲しかったのは、復讐ではなかったと思います。

彼が欲しかったのは、真実でした。

皐月がなぜ死ななければならなかったのか。

何が起きたのか。

犯人は何を考えていたのか。

四方田は、その答えを自分の耳で聞きたかったのだと思います。

だからこそ、上山が喜多村邦弘を殺したことは、四方田にとって救いではありませんでした。

むしろ、真実にたどり着くための道を奪われたようなものです。

ここで、上山の正義が完全にずれていたことがはっきりしました。

上山は四方田のためにやったつもりだった。

でも、四方田が求めていたものは、上山が思っていたものとはまったく違った。

このすれ違いが、とても悲しかったです。

矢本悠馬の演技は見応えあり!上山晋吾の壊れ方が伝わった

犯人判明の驚きは薄かったものの、上山晋吾という人物の描写には見応えがありました。

特に、矢本悠馬さんの演技によって、上山の罪悪感、怒り、正義への執着がとても分かりやすく伝わってきました。

この章では、最終回で印象に残った上山晋吾の演技について感想を書いていきます。

上山晋吾の言葉には怒りよりも悲しさがあった

上山晋吾が自分の動機を語る場面は、ただ怖いだけではありませんでした。

もちろん、彼がやったことは許されません。

消しゴム事件のオーナーとして、多くの人を巻き込み、新たな犯罪を生み出してしまいました。

それでも、上山の言葉には怒りだけでなく、深い悲しさがありました。

皐月の死を自分のせいだと思い込んでいること。

刑事として役に立てなかったという無力感。

警察や司法では救えないものがあるという絶望。

そうした感情が、上山の中でぐちゃぐちゃになっていたのだと思います。

矢本悠馬さんの演技からは、上山が単なる黒幕ではなく、ずっと壊れかけたまま刑事を続けていた人物なのだと伝わってきました。

犯人が分かっていても最後まで見られた理由

正直、上山晋吾が犯人だという驚きはあまりありませんでした。

でも、それでも最終回を最後まで見入ってしまったのは、上山晋吾の感情がしっかり描かれていたからです。

もし上山が、ただの冷酷な犯人として描かれていたら、最終回はもっと淡白に感じたかもしれません。

しかし実際には、彼の中にある罪悪感、怒り、四方田への思い、そして歪んだ正義が描かれていました。

犯人の名前は分かっていた。

でも、上山晋吾がなぜそこまで壊れてしまったのかは、最終回を見るまで分かりませんでした。

その部分に見応えがありました。

上山晋吾は悪人というより“正義に取りつかれた人”だった

上山晋吾は、単純な悪人というより、正義に取りつかれてしまった人に見えました。

自分が正しいことをしている。

悪人を消している。

司法にできない本当の裁きをしている。

上山は本気でそう信じていたのだと思います。

だからこそ怖いです。

悪いことだと分かってやっている人間より、自分は正しいと信じ切っている人間の方が止まりにくい。

上山晋吾は、まさにその怖さを持った人物でした。

そして、その正義が四方田のためにも、皐月のためにもならなかったことが、最終回の悲しさにつながっていたと思います。

サブタイトル縦読みは面白い。でもラテ欄ヒントで先に気づけたのは惜しかった

サブタイトルに犯人を隠す仕掛け自体は、とても面白かったです。

ただ、最終回のラテ欄に「これまでのサブタイトルに注目」というヒントが出たことで、放送前に気づいた人も多かったと思います。

この章では、“縦読み回収”に対して感じた面白さと、同時に残った惜しさについて書いていきます。

「消しゴムは上山晋吾」という仕掛け自体は面白かった

各話のサブタイトルをつなげると「消しゴムは上山晋吾」と読める。

この仕掛け自体はかなり面白かったです。

ドラマの中のセリフや小道具ではなく、サブタイトルに犯人を隠していたというのは、視聴者参加型の楽しさがありました。

もし最終回後にこの仕掛けを知っていたら、かなり驚いたと思います。

「そんなところに最初から答えがあったのか」

「もう一度サブタイトルを見返したい」

「最初から仕込まれていたのがすごい」

そんなふうに、放送後の余韻がもっと大きくなった気がします。

ラテ欄のヒントで気づけたことで、犯人判明の衝撃は弱くなった

ただ、惜しかったのは、最終回前にラテ欄でヒントが出てしまったことです。

「これまでのサブタイトルに注目」と書かれていれば、当然視聴者はサブタイトルを確認します。

そして確認すれば、「消しゴムは上山晋吾」に気づく人が出てきます。

このヒントがあったことで、最終回を見る前に犯人の名前がかなり見えてしまいました。

その結果、最終回で上山晋吾が犯人だと分かっても、驚きより「やっぱり」という気持ちが勝ってしまいました。

せっかく面白い仕掛けだったのに、最終回の前に分かる形でヒントを出したことで、最大のサプライズを少し先に見せてしまった印象です。

ここは本当にもったいなかったと思います。

最終回後に明かされた方がもっと盛り上がったと思う

個人的には、サブタイトル縦読みは最終回後に明かされた方がよかったと思います。

まず最終回で、上山晋吾が犯人だと分かる。

その時点で視聴者は驚く。

そして放送後に、「実はこれまでのサブタイトルに犯人が隠されていました」と分かる。

この順番だったら、かなり気持ちよく盛り上がれたのではないでしょうか。

犯人判明の驚きと、サブタイトル縦読みの驚き。

その両方を楽しめたはずです。

仕掛けそのものが面白かったからこそ、明かすタイミングだけが惜しかったです。

推理小説の犯人を途中で知らされたような感覚が残った

今回の最終回で一番残ったのは、推理小説の犯人を途中で知らされたような感覚でした。

上山晋吾の動機や演技には見応えがありましたが、犯人判明の衝撃はどうしても弱くなってしまいました。

この章では、縦読みヒントによって感じたミステリーとしての物足りなさを整理します。

「上山ではないひねり」を少し期待していた

ラテ欄のヒントから縦読みで上山晋吾の名前が見えた時、逆に少しだけ別のひねりも期待していました。

ここまで分かりやすく名前が出るなら、上山晋吾はミスリードなのではないか。

本当の犯人は別にいるのではないか。

上山は犯人ではなく、消しゴム事件の一部を知る人物なのではないか。

そんな可能性も考えながら最終回を見ていました。

でも、結果は縦読み通り。

上山晋吾が消しゴム事件のオーナーでした。

納得はできます。

伏線の回収としても分かりやすかったです。

ただ、驚きはあまりありませんでした。

犯人判明よりも確認作業に近かった

最終回を見ながら感じていたのは、「犯人は誰なんだろう」というドキドキではありませんでした。

「やっぱり上山なのか」

「最後に違う真相が出てくるのか」

「上山なら動機は何なのか」

そんな気持ちで見ていました。

つまり、犯人を探すというより、すでに見えている答えが本当に正しいのかを確認する感覚に近かったです。

これはミステリーとしては少し損だったと思います。

もちろん、最終回の価値は犯人当てだけではありません。

上山晋吾の動機や、四方田誠とのやり取りには見応えがありました。

それでも、犯人判明の場面には、もう少し衝撃が欲しかったです。

納得できる結末と満足できる結末は少し違う

『夫婦別姓刑事』最終回の結末は、納得できるものでした。

上山晋吾が犯人だったこと。

消しゴム事件のオーナーだったこと。

皐月の死への罪悪感や、司法への不信感から歪んだ正義にたどり着いたこと。

どれも、物語としては理解できます。

ただ、納得できることと満足できることは少し違います。

今回は、結末としては納得できる。

でも、驚きや高揚感という意味では、少し物足りない。

そんな最終回でした。

特にサブタイトル縦読みという仕掛けが面白かったからこそ、もう少し見せ方を工夫してほしかったという気持ちが残りました。

音花の釈放と刑事課メンバーの結末は、少し寂しい余韻だった

消しゴム事件の真相が明かされた一方で、最終回には家族や刑事課メンバーの結末にも余韻がありました。

音花が釈放されたことには救いがありましたが、すべてが元通りになったわけではありません。

この章では、事件解決後に残った寂しさと、最終回らしい締め方について感想を書いていきます。

音花が釈放されたことには救いがあった

音花が釈放されたことには、ひとまず救いを感じました。

最終回までの流れはかなり重く、誠と明日香、そして音花の関係にも大きな影が落ちていました。

だからこそ、音花が戻ってこられたことには安心しました。

ただ、釈放されたからといって、すべてが元通りになるわけではありません。

今回の事件で、家族は大きく揺さぶられました。

誠も明日香も、音花も、それぞれに傷を抱えたはずです。

それでも、完全な絶望ではなく、ここからもう一度向き合っていく余地が残された結末だったと思います。

夫婦バディものとして始まったからこそ終盤の重さが印象的

『夫婦別姓刑事』は、最初はもっと軽やかな夫婦バディものとして見ていました。

誠と明日香の掛け合いや、刑事課メンバーとのやり取りにはコメディ要素もあり、テンポよく楽しめるドラマでした。

しかし終盤に進むにつれて、物語はかなり重くなっていきました。

消しゴム事件の真相、皐月の死、上山晋吾の歪んだ正義、音花の問題。

最終回は、最初に想像していたよりもずっと苦い結末だったと思います。

だからこそ、見終わったあとに残ったのは爽快感よりも余韻でした。

刑事課メンバーの結末にもロスを感じた

最終回では、刑事課メンバーの結末にも少し寂しさがありました。

事件が解決して、みんなで元通りという終わり方ではありませんでした。

それぞれが別の場所へ向かっていくような空気があり、チームとして見てきた側としてはロスも感じます。

特に、序盤の明るい雰囲気を知っているからこそ、終盤の重さと別れの空気がより印象に残りました。

ただ、この寂しさがあったからこそ、最終回らしさもあったと思います。

事件が終わっても、登場人物たちの人生は続いていく。

そんな余韻を残すラストでした。

『夫婦別姓刑事』最終回感想まとめ|上山晋吾の歪んだ正義と縦読み回収への本音

『夫婦別姓刑事』最終回では、消しゴム事件のオーナーが上山晋吾だったことが明かされました。

上山晋吾の動機は、皐月の死に対する罪悪感と、警察や司法では悪人を裁ききれないという絶望でした。

彼は、悪人を消すことが本当の正義だと思い込み、殺したい人間と殺したい相手をつなげる消しゴム事件を起こしてしまいました。

ただ、それは正義ではありません。

四方田誠が突きつけたように、上山は犯罪を減らすどころか、自分自身が新たな犯罪者になっていました。

上山晋吾の歪んだ正義や、矢本悠馬さんの演技には見応えがありました。

一方で、最終回のラテ欄にあった「これまでのサブタイトルに注目」というヒントによって、放送前に「消しゴムは上山晋吾」と気づけてしまった点は、やはり少しもったいなかったです。

仕掛け自体は面白かったです。

だからこそ、最終回後に「実はサブタイトルに犯人が隠されていた」と分かった方が、もっと驚きも余韻も大きかった気がします。

最終回としては、事件の真相も上山晋吾の動機もきちんと描かれていました。

ただ、犯人判明の衝撃よりも「やっぱりそうだったか」という気持ちが勝ったのが、正直な本音です。

夫婦バディものとして始まった『夫婦別姓刑事』は、最後にはかなり重い正義と罪の物語になりました。

もし続編やスペシャルがあるなら、今度はもう少し軽やかな誠と明日香の夫婦バディも見てみたいです。

この記事のまとめ

  • 『夫婦別姓刑事』最終回の犯人は上山晋吾だった
  • 消しゴム事件のオーナーも縦読み通り上山晋吾だった
  • 動機は皐月の死への罪悪感と司法への絶望だった
  • 上山晋吾の正義は新たな犯罪を生む歪んだものだった
  • 矢本悠馬さんの演技で上山の壊れ方が伝わった
  • 縦読み回収は面白いが、ラテ欄ヒントの出し方は惜しかった
  • 最終回の結末は納得できる一方で、驚きはやや弱かった

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